薬学部6年制が失敗だとはどうしても言えない事情


薬学部は2019年現在、医学部や歯学部、獣医学部と同じ6年制です(薬剤師養成課程の場合)。

でもかつては4年制でした。

同じ薬剤師という国家資格を取得するのに必要な教育期間がある日(ある年)を堺に1.5倍になったんです。

これは大学、政府、医療現場そして学生にとって大きな変化であり、負担でした。

しかし、この「薬学部6年制」については本当に意味があったのか、期待していた成果があったのかについての議論に決着がついていません。

「薬学部6年制への移行は失敗だった」なんて言えないのです。

本記事では薬学部が6年制移行の流れと目的、「薬学部6年制への移行は失敗だった」なんて言えない事情について整理しています。



薬学部6年制はいつから?


薬学部が6年制になったのは2006年度からです。

その前は4年制でした。

いまでも4年制の学科を設置している薬学部は存在しますが、薬剤師の国家試験受験資格はあたえられませんので注意してください。

4年制薬学部の維持は、薬学部6年制移行によって臨床教育一辺倒になり、大学の研究能力が低下することを危惧したことが背景です。

そのため6年制課程のような臨床実習は一切ありません。

イメージとしては工学部や農学部と同じようなカリキュラムになっています。


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2006年以前も薬学部では6年間学んでいた?


私は4年制時代(2000年以前に入学しています)の薬学部出身です。

しかし当時からすでに、薬学部が将来6年制になることはほぼ確定路線でした。

将来、より高度な教育を受けた後輩薬剤師が輩出される(はず)ため「大学院の修士課程まで進学しておいた方が良い」という考えが一般的でしたね。

私を含め、同級生の半分以上が修士課程にそのまま進学していました。

薬学部6年制への制度改革は2006年以前の入学者にも少なくない影響を与えていたのです。

薬学部6年制移行はあとで「失敗なんて言えない」大きな負担だった


薬剤師のような国家資格と直接関連した教育の規定年数が伸びるのって結構なインパクトです。

というのも、2005年度入学者は2009年の春に卒業しますが、1年遅れの2006年度入学者は2012年の春まで卒業しません。

(2012年の3月は6年制薬学部になって初の薬剤師国家試験が実施されています)

2010年と2011年は新卒薬剤師がいない空白の期間だったわけです。

これは医療現場にとっては大きな負担だったでしょう。

幸い、医療現場の努力と、大学院卒の薬剤師や国家試験浪人生、留年生の存在もあって大きな混乱にはなりませんでしたが、大きな懸念となっていました。

また、薬学部志望の受験生にとっても1年の浪人や、1年早く(遅く)生まれたかによって運命が別れてしまう、理不尽なものでした。

さらに、大学側も、6年分の学生を受け入れるための敷地、教職員の増員、カリキュラムの整備にコストをかけることになりました。

こんな「大きな負担」を伴った薬学部、薬剤師制度の改革で、失敗でしたなんて言えるわけありません。



薬学部6年制は失敗だったの?目的は達成されたの?


薬学部6年制移行は失敗だったのでしょうか。

それには本来の目的は何だったのかを理解しないといけません。

薬学部6年制移行の目的、目指した物

薬剤師は医師と異なり、卒業して国家試験に合格すれば、制度上「一人前の薬剤師」になります。

これは卒業後に研修医という肩書をもつ医師とは異なる点です。

それにもかかわらず、薬学部4年制時代には、在学中の臨床実習はごく短期間の、限られたものがあるだけでした。

大学によっては選択性のところもあり、病院実習と薬局実習を合わせて1か月くらいが平均だったと思います。

ほぼ職場見学と変わらないレベルです。

自分が薬剤師を生涯の仕事にするのか、それとも薬剤師以外の職を探すのかを決めるきっかけ作りくらいに考えていた学生も多かったでしょう。

しかし、将来高齢化や医療の高度化に伴い、薬剤師が担う臨床現場での役割が高まる(高めたい)ことを考慮すし、臨床現場で活躍できる薬剤師を養成するために薬学部は6年制となりました。

薬学部6年制移行は薬剤師という職業、役割の高度化が目的だったんですね。

薬学部6年制は失敗だった?副作用も現れている

薬学部教育が6年制となったことで、現在のカリキュラムでは6ヶ月の実務実習が必須となっています。

内訳は事前実習1ヶ月(校内)と臨床実習5ヶ月(病院及び薬局)です。

これによって、医学部ほどでは無いですが、カリキュラム上はこれまで(4年制時代)と比較にならないほどの臨床実習を経た薬剤師が誕生する仕組みができました。

4年生時代の知識一辺倒ではない、より高度な専門家としての薬剤師を養成する下地が整ったんですです。

しかし、同時に、薬学部6年制が失敗であったと言われかねない大きな副作用も出てきているのです。

薬学部6年制移行により、薬剤師国家試験対策に重点を置く教育現場

薬学部に学生が通う目的のひとつは薬剤師資格を取得することです。

薬学部が6年制担ったことでこのカラーは濃くなりました。

そのため、各大学の卒業生の国家試験合格率が重視されるようになったのです。

国家試験合格率の低い大学には、学生が集まりません。

特に授業料の高い私立大学にとってこれは重要な問題です。

大学側としても学生を薬剤師国家試験に合格させないわけにはいかないのです。

その結果、早い段階から「国家試験対策」としての講義を行うという、偏った傾向が見られているのです。

知識一辺倒ではない薬剤師を目指した結果、知識一辺倒、薬剤師国家試験対策に重点を置いた教育を行ってしまっています。



学生は薬学部6年間ずっと試験対策、進級対策に追われる

学生側からみると、国家試験や臨床実習のためのOSCEやCBT対策、厳しい学内の進級試験や卒業試験に追われて6年間過ごすことになるのです。

薬学部4年制時代のような基礎研究や、国家試験で出題傾向の低い非臨床分野の知識に十分な時間が割けません。

実務実習先でのトラブル、ハラスメント

薬学部の学生を長期間に渡って受け入れる病院、薬局も負担を強いられます。

実務を行いながら学生の指導が十分にできる薬剤師がいったいどれくらいいるでしょうか。
中にはトラブルをおこす学生もいるでしょう。

また、逆に指導薬剤師からのハラスメント被害を受ける学生も出てきます。

対応に追われる大学、受け入れる病院・薬局、学生のすべてが大きな負担を強いられているのです。

薬学部6年制移行後も変わらない薬剤師の地位

負担を伴った結果、薬剤師の地位向上や、専門性の高い薬剤師の活躍が目に見えているでしょうか。

薬学部6年制への移行から10年以上が経過しています。

その間、医薬分業割合の増加や、後発品使用促進が進みましたが、「薬学部6年制」による貢献はどの程度あったでしょうか。

残念ながら、「薬学部6年制」による成果が目に見えるのはまだ先のようです。

薬学部6年制移行当時は、「薬剤師の地位向上」、「医師と対等」というものを掲げることもありましたが、到底それには及んでいないでしょう。



薬学部6年制が失敗だとはどうしても言えない事情


大きな負担を払いながらも、目に見えた成果が得られていないにも関わらず「薬学部6年制が失敗だった」と言えない事情があります。

それは次の3つです。

今さら薬学部は4年制に戻れない

当たり前のことですが、いまさら「薬学部6年制は失敗だったから4年制に戻します!」なんて言えません。

現場は大混乱です。

例えば、もしそんなことをすれば、あるタイミングで、6年制課程卒の薬剤師と、4年制課程卒の薬剤師の両方が卒業して国家試験に合格する年になります。

就職市場ではその量の卒業生を受け入れきれませんし、おそらく4年制卒の薬剤師の就職率が極めて低くなるでしょう。

また、受験においても最後の6年制課程では競争倍率が急激に低くなるかもしれません。
1年浪人して4年制課程に進んだ方が、卒業年は早くなるからです。

もはやめちゃくちゃですね。

今さら薬学部は4年制に戻れないんです。

薬学部6年制自体は必要だった

そもそも、薬学部をそのまま4年制にしておくわけにはいきませんでした。

なぜかというと、本来の目的にある、「今後の医療の高度化にあわせて、薬剤師の専門性を高める」必要があったからです。

実際、最近ではバイオ医薬品や、新世代の抗がん剤治療などが医療の現場で利用可能になっていて、薬剤師の活躍も期待されています。

カリキュラムや国家試験対策一辺倒になるのは問題ですが、薬剤師になるためにもっと勉強しないといけないのは事実なんです。

かつては、3年で資格が取れる看護師に、プラスアルファの教育を施して、薬剤師の調剤権(またはその一部)を付与してはどうかという、飛躍した意見もあったくらいですが、薬学部6年制移行はその議論はありません。



今後薬剤師の役割を拡大していくためには必要なステップだった

現在政府は、医療費の抑制のためにあらゆる方向で議論を進めています。

その中の一つに注目されているのが、米国のように、一部の医薬品については、医師の診療を経ずに、薬剤師が処方を行うという方法があります。

患者が医者にかからずに(保険適用の診療を経ずに)済めば、医療費の負担は減りますよね。
これが実現すれば、薬剤師の権限拡大につながります。

医師会の反対もあり、すぐには実現しない状況ですが、薬学部6年制移行によって、「医学部と同じ年数の学業を修めている」という前提があるのは重要です。

薬学部6年制が失敗だとはどうしても言えない事情:まとめ


  • かつては薬学部は4年制だったが2006年以降は6年制になった
  • 薬学部6年制移行は「失敗だった」なんて言えないくらい、コストと負担がかかっている
  • 本来の目的は薬剤師の専門性をより高度にするための改革だった
  • しかし、現時点では大学教育や医療現場での問題、負担も大きく、思ったほど薬剤師の地位向上にも至っていない
  • 一方で、いまさら4年制には戻せないし、薬剤師の専門性強化そのものは必要で、6年制移行自体は必要なステップだったため、「失敗」というわけにはいかないのが現状
では。



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